理事長挨拶

理事長あいさつ

井上信明 このたび長村敏生先生の後を継ぎ、日本小児救急医学会の理事長を拝命いたしました井上信明と申します。小児救急研究会から始まった本学会は、すでに40年近い年月を重ねて活動を続けてまいりました。この伝統ある本学会において、多くの功績を残してこられた歴代の理事長の先生方の後を受け、このような重責を担うこととなり、身の引き締まる思いです。

近年小児救急医療を取り巻く環境は、新興感染症や自然災害への対応、少子化の加速、医療資源の地域偏在、そして医師の働き方改革による時間外労働の縮減など、さまざまな課題に直面しています。こうした状況の中でも、すべてのこどもたちが「根拠のある安全かつ安心な救急医療を受けられる体制」を維持・強化することが、私たちの使命であると考えています。

取り組むべき課題は多くありますが、まず小児救急医療を提供するために必要となる、人材育成には正面から取り組みたいと考えています。そのためには、小児救急医療をになう医療者のアイデンティティーの確立が必要です。本学会では、2019年に「小児救急医療の教育・研修目標」を作成しました。この目標は、職種や専門分野を超えたさまざまな立場の医療者、また保護者から聞き取ったニーズを基に、小児救急医療に関わる医療者に求められるコンピテンシー(能力)を提示しました。したがって、この教育・研修目標に沿った人材育成を進めることは、時代に求められる小児救急医療の担い手の育成につながります。またそれだけでなく、人材育成の持続可能性を確保するためには、小児救急医療の魅力と社会的意義を次世代に伝え、多様なキャリアパスを提示できるようにしていくことも必要です。

また、これからの医療は革新的技術の導入なくして進化はありません。特に小児救急医療の分野においては、AIを活用したトリアージ支援、情報通信技術を利用した遠隔診療システム、シミュレーション教育の高度化など、技術革新は既に私たちの目の前にあります。課題となっている偏在する医療資源の最適化を図るためにも、これらを現場に実装するための知見を蓄積し、現場と産業界をつなぐ橋渡しの役割を、学会が果たしていくことも必要となると考えています。 さらに私たちは、日本の小児救急の知見と技術をアジア、そして世界へと発信していく必要があります。特に低・中所得国では、公衆衛生の改善に伴って乳幼児死亡率が低下しており、感染症等で命を落としていたこどもたちが生きながらえることができるようになり、その結果、こどもたちが救急医療を必要とする機会が増えています。世界中のこどもたちに、「根拠のある安全かつ安心な救急医療」を提供するために、私たちは諸外国の小児救急医療関係者との連携、国際的な人材交流、標準化された診療プロトコールの共有などを通じて、グローバルな視点で、こどもたちの命を守るネットワークの構築にも挑戦したいと考えています。

これらを実現するためには、学会員の連携、そして学会外との連携も重要です。本学会は、小児救急医だけでなく、外科や集中治療、麻酔科を専門とするさまざまな専門分野の医師が参加しておられます。それだけでなく看護師、救急隊員、行政職の方も加わってくださっています。このような貴重な人材と連携し、さらに保護者、そして地域社会とともに、「こどもを守る社会システム」を構築する協働の場であるべきであると考えています。この学会に集う一人ひとりの知恵と情熱が、次世代の小児医療を支える柱となります。

私たちが目指すべきは、現状維持ではありません。今こそ、私たちは未来を創る主体者として、日本のすべてのこどもたちに、「根拠のある安全かつ安心な救急医療」を届けるために積極的に行動を起こす必要があります。皆さまとともに、変化を恐れず、未来志向で、こどもたちの笑顔を守るために前に進んでまいります。

どうぞ、今後ともご指導・ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

2025年7月 日本小児救急医学会 理事長 井上信明