理事長挨拶

理事長あいさつ

2024年 年頭所感
長村敏生

長村敏生学会員の皆様、今年もよろしくお願いします。まずは、新年早々に発生した令和6年能登半島地震で亡くなられた方にお悔やみ申し上げるとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。また、この年末年始も例年同様救急診療に忙殺された会員の皆さん方は大変お疲れ様でした。

2023年は新型コロナウイルスパンデミックもようやく収束し、ことスポーツ界に関しては日本のWBC優勝で始まり、男子バレー・バスケットのパリ五輪出場決定、阪神タイガース38年ぶりの日本一、森保ジャパン国際Aマッチ8連勝、大谷翔平2度目の満票MVPとスポーツ史上最高額でのドジャース移籍、藤井聡太8冠達成、イクイノックスG16連勝とレイティング世界1位獲得、武豊&ドウデュース有馬記念で復活、井上尚弥史上2人目の2階級4団体統一など心躍る1年でした。しかし、それ以外の世の中の動向となると、国内では市川猿之助・日大・旧統一教会・旧ジャニーズ・宝塚事件、特殊詐欺被害・広域連続強盗、円安・物価高騰、岸田政権支持率低迷、自民党裏金疑惑など暗い話題ばかりが続き、国外でもウクライナ、ガザでは戦争が長期化して子どもを含む多くの市民が犠牲となり、世界的な気象異常も重なって陰鬱な1年でした。そして、年が明けても解決の方向性はなかなか見えず、急速な少子化と医師の働き方改革に直面して混迷はさらに深まるばかりです。

さて、現在の私の勤務先である京都市子ども保健医療相談・事故防止センター(京あんしんこども館)では、隣接する京都第二赤十字病院小児科と京都市教育委員会の協力を得て、昨年度から小学校高学年(5、6年生)を対象に心肺蘇生法講習会を開催しています。この講習会では、命の大切さと助け合いの精神をテーマにした講義とそれに続く実技講習を「社会見学」の90分間授業としてクラス単位(約30名/回)で実施しています。受講する生徒たちは誰一人居眠りすることなく私の講義を聞き、その後実に熱心に実技に取り組む姿勢に毎回感心させられています。その熱心さはインストラクターとして参加した初期研修医が「自分から積極的に参加する子どもたちの姿勢を見習いたいと思いました」と感想をもらす程です。18世紀にフランスで活躍したジャン=ジャック・ルソーは「子どもは小さな大人ではない」という概念を最初に提唱した人で、その著書「エミール」の中で「人間は生まれながらにして善なる存在で、教育によって子どもの正しい成長を促す必要があり、大人として完成させなければいけない」と指摘していますが、心肺蘇生講習に真摯に取り組む小学生を見ているとまさに“人間の本源的善性(自然の善性)”を実感させられます。

さらに、「教育」は個人の成長だけではなく、社会や組織の発展にも極めて重要です。150年以上前の話になりますが、明治維新により天皇陛下とともに首都や多くの会社の本社機能が一斉に東京に移転したため、京都は人口が2/3に減少して一地方都市に埋没する危機に晒されました。そんな時に京都が講じた主な地盤沈下対策は以下の2つです。1つは教育振興による人材育成で、京都には全国で初めて小学校が開設され、大学の誘致も積極的に行われました。もう1つは琵琶湖疎水の建設で、これにより蹴上に日本初の営業用水力発電所ができ、市電が走り、電灯が灯るようになりました。このようにして京都は10年後には復興を果たすわけですが、それを可能にしたのはまさに“未来への投資”ではなかったかと考えられます。

そして、医療を取り巻く状況が急激に変化している現在、小児救急医療の現場でも是非見習わなければならないのは、前述した教育に関する理念ではないでしょうか。山本五十六連合艦隊司令長官の残した言葉に、「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」があります。これは上杉鷹山の「してみせて 言って聞かせて させてみる」に影響をうけたとされていますが、次世代を育成するにあたり心すべき格言と思われます。当学会でもこの精神を具現化するべく、昨年は小児救急標準テキストbasic編(中央医学社)を刊行しましたが、今年度はadvance編の発刊に向けて取り組んでいきたいと考えています。

会員の皆様には今後も引き続き、当学会の活動へのご理解とご支援をどうぞよろしくお願いします。